NAP TOWN RECORDS

カヤキ キョーヘー

カヤキ キョーヘー

 
奈良で最古の小学校「奈良市立椿井小学校」にて最新の音楽を模索。5年生の時にキーボードやアカペラで12曲入りのオリジナルアルバム(カセットテープ)をクラスメイトに発表。その瞬間よりミュージシャンを志し、6年生でギターを購入。(現在もメインで使用)小学6年生の12月には3日連続7曲入りアルバムを発表(休み時間に教室のラジカセにて披露)するなど、次期の小室哲哉だと騒がれていた。

 チャゲ&飛鳥の飛鳥の声量に感銘をうけて、関係ないのは承知の上「奈良市立飛鳥中学校」に進学。クラスメイトのテーマソングを勝手に手掛けて作曲スキルを磨く。
 他府県の人からすると国立大学の付属と思ってもらえるであろうと考え、「奈良大学付属高等学校」に進学。ゴリゴリの私立校である。作曲活動のかたわらギタリストとしてバンド活動。kiroroの楽曲をロックにアレンジし、ロックンロールの窓口の拡大を狙うが失敗。

 地道な音楽生活を繰り返し、2001年DEEP★PEOPLE結成。ボーカリストとして開眼する。関西中心にライヴバンドとして活躍。関西の学園祭やイベントでのコンテストでは優勝を独占。拠点を京都、大阪に移し数々の名勝負を繰り広げる。同世代バンド達が深夜のFMラジオでミュージシャンを気取るトークを繰り広げる中、午前中から今いくよ・くるよ師匠のAMラジオ番組にゲスト出演し「どやさ~!」を連呼。ファンの獲得には繋がらなかったが、いくくる師匠のファンとなる。

 数少ない同世代バンド「ザ50回転ズ」の大躍進を尻目に、「関西ロックンロールはお前らに任せた!」と何とも偉そうな態度で2006年11月に突然バンド活動休止。ギターを手にした時の気持ちを胸にソロ活動を開始。

 2008年地元奈良に戻り、ファーストソロ作品「素敵LIFE」をリリース。
2012年にレーベル「NAP TOWN RECORDS」を立ち上げ、ファーストフルアルバム「アルコール&ラブコール」をリリース。全曲歌い方を変えるというふざけっぷり。
2013年にはセカンドアルバム「LIFE-SIZE MUSIC」リリース。真面目ぶった楽曲と真面目ぶった歌唱法を実験。本人、周囲共にあまりフィットしない仕上がりに。。。
2014年 肩の力を抜きまくり、そこそこ酔っ払い本来のスタンスで録音した弾き語り形式のEP「AHOUSTIC」をSoundCloudで試聴した海外のリスナーからは「日本のG.LOVE!」と称され、ダウンロード販売はほぼ海外からの購入である。(ただの雑な音源と自身は自信がない)

 耳障りのよい言葉選び、言葉つなぎには定評があり、Hip-Hop畑のミュージシャンからはリリシストと呼ばれている。
 代表作「焼酎水割りください〜Show You Love Me 焼酎〜」は出身地奈良のバー、スナック、居酒屋で流れていない日はないという。

また、2015年には「奈良国際音楽祭」の立ち上げに巻き込まれ、地道な協力をする。急遽裏方だけではなく出演もすることになり、「堅苦しそうなステージに一人は怖い」というだけで、気の合う飲み仲間と「カヤキ★キョーヘーと奈良のツレ」というバンドを即席で結成し、密度の濃い飲み会を重ね、完全場違いなステージで 完全場違いな振る舞いの元、拍手喝采、大盛況のパフォーマンスを披露。


2015年、32歳にして初めての虫歯。ついでに親知らず抜歯。

歯が1本減ったということで、「カヤキ★キョーヘー」の「★」を減らし、「カヤキ キョーヘー」へ改名。誰も気づいていない。親知らず的な手法である。

副鼻腔炎が慢性化。
「歌手生命の終わりや。。。」と なかなか深く凹む。
しかし「我が人生で歌わないという選択肢はない!絶対ない!」と再起を決意し日々鼻うがいに明け暮れている。

寝ているか 飲んでいるか 鼻うがいしているか。である。
もはや歌手生命どうのこうのではない。鼻歌の意味を取り違えているのだろうか。

またインチキなアパレルブランド「SURUME」のデザイナーも務める。音楽よりも売上は好調である。
NAP TOWN RECORDS&DESIGN official OnlineShop「NAP TOWN market」にて、CDはもちろんインチキグッズも購入可能。